40代ド底辺からの転職その2 タイピング入力という仕事

現場作業員からオフィスワークへ転職

現場作業員の仕事は体がキツく継続が難しい

ド底辺からの転職で、前にお話しした「保温工」という現場作業員の仕事をかれこれ2年程続けたのですが、溜まったのはある程度のお金酷使した体の疲労でした。。当時自分が21歳くらいで親方も30歳くらいでしたがキツそうでしたね。

ものすごく重いものを運ぶ重労働では無かったのですが、真夏と真冬の現場は本当に辛かったです。真夏には自然と体重が7kg近く落ちてしまったこともありましたし、作業の速さと機動力が求められるので辞めてく後輩が後を絶たなかったです

落胆

タッチタイピングならできるんじゃないか?という甘い考え

とにかくオフィスで働きたいと思い、パソコンのキーボード入力なら少しできるという過信で転職

当時21歳と若かった事もあり、「タイピング入力大量募集」の求人につられ、面接まですんなり行くことができました。

しかし、待っていたのは「適正テスト」という名のタイピング入力試験でした。。

(自宅でパソコン自体は触っていたので妙な自信があり、余裕のクリアのはずでした)

制限時間は5分です。よーい、スタート!

タイピング入力

横にある原稿用紙の文字を入力するのですが、途中ミスだらけで打ち直しばかりでした。。

気持ちだけは北斗の拳のケンシロウ、百裂拳のつもり。。超連打で高速打ちのつもりでした。

 

そして5分経たないうちに同時に試験を受けてた周りの3人の女性たちは、

次々と「出来ました!」「終わりました!」「出来ました!」

自分は5分経っても打ち終わらず。。終わった、な。

らくらく

後は、反射神経テストの様なものをやって終了。合否は電話連絡(合格者のみ)とのことでした…

今はタイピング入力の練習とかたくさん簡単にできますが当時はあまり無かったのです。

半ばあきらめ、家に帰宅。その日はタイピング入力は無理かな…と思って次の転職先を探すためにフロムエー(懐かしい)を読んでいました。

まさかの脱底辺からの転職者に合格連絡が!

先ほど受けた会社から、その日の夕方に電話連絡が来ました。

「絶対ダメだと思ったけど連絡が来た!!」(ちょっと感動)

しかし、よくよく話を聞くと「手書きコーディング(?)の仕事」とちょっと「運転手」も兼ねてバイトしてみませんか?との事でした。何も他が決まってなかった自分は、2つ返事でOKをしました。当時タイピング入力が時給1100円だったのに対して自分は850円という提示でしたが、「やっとオフィスで働ける」という気持ちもあってすごく嬉しかった記憶があります。

ちなみに、「手書きコーディング」とはその会社では、タイピング入力する人が入力しやすいように「日本語の原稿をローマ字で書き起こす」という作業でした。毎日毎日、この作業はかなりの苦行でした。

そして、タイピング入力自体の作業をする事は一切なかったです…(涙)相当入力が遅かったのかな。。

手書き

たまに、その会社の課長が車の免許証がないので、自分が載せて運転手をするという都合よく使われるバイトでした。

それでもオフィスワークの良い経験になるのと、次の仕事が決まるまで繋ぎでやったらどうか、という好意でしばらく続けました。週5でフルタイムで14~15万円にはなりましたし。

配達

結果的には次のスキル取得につながった

数か月、頑張っているとやさしい先輩がある日、パソコン使って仕事したいなら、
「DTP」とかこれから勉強したらどうかな?流行りだし。

と言ってくれました。

「DTP???何ですかそれ??」

当時、マッキントッシュ(MAC)で広告などを作る仕事が増えてきていて、当時は意味が分からなかったのですが、デスクトップパブリッシングの略語で、日本語で卓上出版を意味し、書籍、新聞などの編集に際して行う割り付けなどの作業をパソコン上で行い、プリンターで出力を行うこと。

今でいうとグラフィックデザイナーやDTPデザイナー、DTPオペレータがこの部類になりますね。

「う~ん、良く分からないんですけど、面白いんですか?それ?」

「面白い!面白い!好きにデザインもできるし!スクールの体験でも受けてみたら?」

今、思い返せばこの人が言ってくれなかったら今の自分は無かったんです

そうして、興味本位でスクールに無料体験にいったのが自分にとって本当にターニングポイントとなりました。
(ド底辺からお金は貯めていたので後のパソコン代やスクール代につぎ込んだのです)

 

続く。