もうシンドイ…心が折れそうなときに立ち直れる名言(心が折れそうな時に救われる名言)

生きていれば、長い人生の中で「もう、無理かも…」「もう限界…」

など感じて心がポキッと折れると前に進めないことがあります。

そして折れてしまった心はそう簡単には立ち直れないことがありますよね。

そんな心が折れそうな危機的な状況のときに、名言からパワーをもらうことができます。

心が折れそうなときに立ち直れるきっかけになる名言をご紹介します。

もうシンドイ…心が折れそうなときに立ち直れる名言

伸びるときは必ず抵抗がある。しかし、そんなときには自信を持って真正面からぶつかって戦え。  本田宗一郎

心が折れそうになっている辛い時は何もかも投げ出して逃げたいこともあるかもしれません。

ただ辛いときほど何か成長しているときかもしれませんよ。

逃げようとすると辛く感じることも、腹をくくって真正面からぶつかっていくと

大きく成長する機会や物事の見方を変えてくれる経験だったりすることがあります。

逃げたいときこそ真正面から向き合うことが大切かもしれません。

もうシンドイ…心が折れそうなときに立ち直れる名言2

成長は往々にして苦痛を伴う過程である。  エルバート・ハバード

成長しているときは、苦痛を感じることが多くあります。

慣れ親しんだことをしているときは楽々することができますが、

初めての経験だからこその苦痛や辛さで心が折れそうになることもあるでしょう。

苦痛を感じたときには、人は苦痛から逃れたいと思ってしまいます。

苦痛を感じたときこそ、苦痛=成長という解釈にするといいかもしれませんね。

辛い時こそ、「今成長している!」と思えると前向きに進んでいこうと思えるかも。

もうシンドイ…心が折れそうなときに立ち直れる名言4

やる気が出ないのではなく「やる気をなくす」という決断をしただけ。  アルフレッド・アドラー

心が折れそうになってやる気をなくすことがあります。

そんなときは、「やる気をなくすという選択をした」ということを教えてくれる名言ですね。

自分で選択したことは自分で選択し直すことができます。

やる気がなくなってどうしょうもない時にあえて「やる気が出る選択」をしてみるのもいいかもしれませんよ。

「やる気がある選択」をすることで、それまでとは違った考え方や行動になることがあります。

すべては自分で選択できる!となると何を選択しますか?

もうシンドイ…心が折れそうなときに立ち直れる名言6

弱いものほど、相手を許すことが出来ない。許すというのは、強さの証だ。  マハトマ・ガンディー

人生でいろんなことが起こったときに、心がポキッとなって許せない!

と思えることもあるかもしれません。許せないのは自分の弱さ。

許すことで、本当の意味で強くなることができると理解できると、

許せない!という思いが消えていくかもしれません。

「許す」ということは、時には簡単でないかもしれません。

ただ「許さない」ということで常に相手のことを根に持ち続けエネルギーを使っている状態になります。

許すことは相手に負けたことではなく、

許すことは相手の言動に振り回されておらず、

自分自身でいられているのでとても強い人になりますよ。

もうシンドイ…心が折れそうなときに立ち直れる名言7

全ての出来事には意味があるわ。生きていく事とはその意味を理解すること。  スーザン・サマーズ

ただ物事が起こっているだけではなく、

ネガティブなこともポジティブなことも起こっていることに意味がある!

心が折れそうになったときも何か意味があるかも?と考えるだけで、

見えてくるものがあるのではないでしょうか。

どっぷりと落ち込むのではなく、物事の見方を少し変えてみるといいかもしれませんね。

 

辛い思いはすべてプラスになる。 美輪明宏

辛いときにどっぷり浸っているときはプラスとは思えないこともあるでしょう。

ただ、辛い思いも経験となり人としての深みになっていくことがありますよ。

経験は人生を豊かにしてくれます。

考え方や物の見方、また対応の仕方などの幅が広がっていき、

真の強さを持つことができ魅力的な人になっていきますよ。

辛い時はプラスに思えなくても、未来はきっとプラスになる!と思うことで、

乗り越えていくといいかもしれませんね。

もうシンドイ…心が折れそうなときに立ち直れる名言

闇があるから光がある。そして闇から出てきた人こそ、一番本当に光のありがたさがわかる。 小林多喜二

闇があるから光がある!影が濃いときには光も強くなっています。

闇を知ることでそれだけ光を放つことができるのかもしれませんね。

また辛い状況があるからこそ、何気ない日常に感謝しありがたいと思えることで、

日々幸せを感じるのかもしれませんよ。

闇を知らないと光のありがたさも、いまいちよく分からないのかもしれません。

同じ状況でも当たり前と思って過ごすのか、

ありがたいと思って過ごすのかは闇を知っているかどうかによって物の見方が変化しているからかもしれませんね。