40代 ド底辺からの転職その7 印刷物デザインからWebデザインまで

40代 ド底辺からの転職その7
印刷物デザインからWebデザインまで

Webスクールで学び、だいぶ時間がたってから実用できることになりました。
このあたりでかなりド底辺な感じから抜け出した感はありました(苦笑)

両方

詳細は省きますが、ひょんな事から30代前半にして転職が決まり、

グラフィックデザインとWebデザインの両方をやっていけることになりました。

不思議で愉快ないきさつは、過去の
転職の為のスキルアップでWebデザイナースクールへ ペーパーレス時代到来!?
をご参照くださいませ。

 

両方やるって事は、2倍こき使われるのでは??

と思った方は賢明です。自分も最初はそう思いましたが、

一応、最初の条件の時に確認したのですが、土日祝日はほぼ完全休みで、
残業も遅くとも21時くらいまで(平均は19時~20時に帰れる)でした。

ひらめいた

実際、直クライアントの仕事が多かったため、印刷物のデザインが完成すると、
そのデザインを踏襲したWebサイトの制作まで依頼したいという要望が多かったのです。
つまり、直クライアントなので納期は相談できるしコントロールしながら仕事ができるため、
一方的な納期はあまりなかったのです。

最初は、簡単な不動産物件のサイト制作から

とはいえ、実践的なWebデザインの制作は初めてに近かったので、
ある程度レイアウトと構成が決まっている不動産の物件単体サイトから制作を始めました。
当時はDreamweaverと、Fireworks、FLASHですね。

ホームページ制作WEB制作

ここではあまり苦戦することなく、制作を行なえたのですが、
トップページのみ、簡易なアニメーションFLASHでの制作が決まっており、
ここは悪戦苦闘しました。。(はじめてのFLASHとかで勉強しつつ)

 

10人くらいの会社で程良かった

よく言われる少数精鋭などという徹夜集団ではなかった

なかよく

とてもメンバーも仲が良く、営業・進行管理・制作・経理と役割がはっきりしていたので、
仕事しやすかったです。
ちょうどこのくらいの規模で雰囲気がいいと働きやすかったのです。
あまり、会社会社していなかったので、よく飲みに行ったり、
帰りにちょっとだけ甘デジ打ったりしてました。
(当時流行っててみんな打ってましたから)

さらなるスキルアップと定期季刊誌の制作

しばらく順調な状態が続き、給与も徐々に上がり、
次男が生まれたりなど、プライベートも順調でしたね。
制作物も詳しくは書けないのですが、
NTT系列の会社の仕事や外資系企業の広告や協会など結構良い案件に恵まれました。

このまま、30代後半まで安定した幸せが続くはずでした…

ただし、企業もコストダウンや経費削減を行うようになってきて、
厳しくなってくると…

くるしみ

第2の柱を作ると言い出し、突然代表がNPO法人を立ち上げて、別事業を並行して始めてしまったのです。
しかもそのNPO法人は、まったくの畑違いの事業だったのです。。

 

「あれ?何か会社の様子がおかしくなってきたぞ…」

そんな違和感を感じ始めて数年後、制作の仕事は激減し、
会社の中のNPO法人化が大半を占めるようになってきました。
もちろん、自分も販促物や資料制作などお手伝いできることはしましたが、
かつてのモチベーションを保つ案件はもう無かったのです。。

 

やっぱり制作物のデザインがやりたいなぁ…

そんな気持ちが強く、残念な想いと仕方ない想い。
もう30代後半でキツイなぁ…と思いながら、退職勧奨を受けました。

デザインの仕事

退職勧奨というのは、簡単に言えば、会社都合の退職で、
他に行ってその能力を活かして頑張りなさい。という事なのです。
長年努めたことあり、もはや自分も気力が起きず、
自己都合退社に近かったのですが。

すぐにハローワークへ

会社都合なので、7日間の待機期間を待ち、失業保険を受給しながら、
次の転職活動を行っていました。
3ヶ月間ゆっくりかけても良いと思い、じっくり探しました。
もちろん、自分のスキルは活かそうと思っていました。

 

広告代理店や制作会社での制作業務はうんざり

かなり退職に肩を落としていたので、違った形で社会に貢献できないか模索

広告代理店や制作会社が案件の受注が無くなると、存続できなくなる事を肌身で感じ、
もうそういった所へ転職するのはやめようと感じていました。
そこで自分が出した結論は、インハウスのデザイナーです。

ひらめいた2

インハウスのデザイナーとは、主に自社案件や自社製品、グループ内の会社の案件
デザインするポジションです。
しかも、都合の良いことにグラフィックデザインとWebデザインも両方できると重宝されると
市場を知っていました。

インハウスデザイナー

そうして、30代後半(もうほぼ40)でインハウスデザイナーを
目指して転職活動を再開したのでした。

頑張る意志

続く。